仙台高等裁判所 昭和31年(う)469号 判決
職権をもつて調査するに、原判決は、罪となるべき事実第三において、被告人が、昭和三〇年二月二一日白河市字本町一〇番地所在の原判示議員候補者の選挙事務所において、選挙運動者鈴木清司に対し、同人より選挙運動者鈴木重明及び鈴木嘉孝に運動報酬として供与すべき資金三、〇〇〇円を交付した旨公訴事実第三と同旨の事実を認定し、これに対し公職選挙法二二一条一項五号を適用処断した。しかし、原判決引用の証拠によれば、被告人は、右候補者に当選を得しめる目的をもつて、右日時場所において、清司に対し、選挙運動者である重明及び嘉孝に同候補者のため選挙運動をすることの報酬を供与することを依頼し、かつその資金として現金三、〇〇〇円を交付し、清司は被告人の依頼を承諾して右現金の交付を受けたうえ、同日同市内において、重明に対し右趣旨の下に該現金を供与した事実が明らかであり、記録を精査しても、右事実を認定するに妨げとなる資料を発見することができない。ところで、公職選挙法二二一条一項一号ないし三号に掲げる行為をなさしめる目的をもつて、選挙運動者に金品を交付した場合でも、その交付を受けた選挙運動者が受交付の趣旨に従つて他の選挙人若しくは選挙運動者に右金品を供与したときは、交付者は受交付者と共に供与の共同正犯となり、交付罪又は受交付罪は供与罪に吸収せられ、別罪を構成しないものと解するのを相当とする。従つて、本件において、被告人は、清司が重明に対し運動報酬三、〇〇〇円を供与した所為につき清司と共に共同正犯としての責を負わなければならないが、被告人が清司に対し右供与資金三、〇〇〇円を交付した点については、犯罪の成立がないものといわなければならない。もつとも、被告人は当初清司に対し重明、嘉孝の両名に運動報酬三、〇〇〇円を供与することを依頼したが、清司は重明のみに右金員を供与したものであり、従つて、供与の相手方に関し被告人の認識と現に発生した事実との間にくいちがいがある。しかし、犯意とは法定の範囲における罪となるべき事実の認識であるから、甲乙が犯罪を行うことを共謀し、乙がその実行行為を分担した場合において、甲の認識した事実と右共謀に基く乙の実行行為により発生した事実とが、具体的には一致しない点があつても法定の犯罪類型の範囲内で一致するときは、甲は現に発生した事実につき共同正犯としての責を免れることができないものと解すべきである。本件において、被告人は清司と共に選挙運動者に運動報酬を供与すべきことを共謀し、清司は右謀議に基いて選挙運動者に運動報酬を供与したものであつて、法定の犯罪類型の範囲内では被告人の認識した事実と現に発生した事実との間に何等のくいちがいもないのであるから、供与の相手方に関する被告人の認識と現実との不一致は、供与の共同正犯としての被告人の罪責を否定する事由とはならないものといわなければならない。これを要するに、被告人が清司と共謀の上選挙運動者重明に対し運動報酬三、〇〇〇円を供与した罪は成立しても、被告人が清司に対し右供与資金を交付した罪の成立する余地はないものといわなければならないから、右交付罪の成立を肯定した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであり、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。(因に、訴因として掲げられている右交付の事実と前記供与の事実とは、基本たる事実関係を同じくし、従つて、その間の訴因変更は許されるものと解する。)
(裁判長裁判官 板垣市太郎 裁判官 有路不二男 裁判官 杉本正雄)